日本では「お客様は神様」といった考えが根強く、不当なクレームであっても受け入れてしまう傾向があるようです。さらに、クレームを受けて相手の言う通りにしても、「納得できない」と主張され、途方にくれてしまう。お店に限らずいろいろな企業でクレーマーの対応に苦慮しているようで、弁護士が受ける相談の中でも、かなりの数を占めています。
今回はクレーマーの特徴や、事前に決めておくべき対策などを紹介します。
目次
クレームには正当なものと不当なものがある
クレームといっても、必ずしもおかしな主張ばかりではなく、内容と改善要求が真っ当なものもあります。
そもそもクレームとは顧客からの要求(説明・金銭・謝罪)を指します。いわゆる「クレーマー」とは、不当な内容のクレーム、あるいは内容が正当であっても、改善策が不当なクレームを突き付けてくる人をいいます。
例えば、クレームの内容を確認しても、そもそも企業側に落ち度がない場合があります。落ち度があっても、その行為と客側の被害との間の相当因果関係が欠けている場合や、客の要求する賠償額が社会常識から見ておよそ考えられないほど高額な場合があります。これらは、いずれもクレーマーといえます。
また「誠意を見せろ」といったあいまいな要求をしてくる、あるいは「マスコミに流してもらうぞ」などの恐喝的な態度を取る人も、クレーマーといえるでしょう。
クレーマーの事例を、2つ紹介します。
ある会社が、顧客に1000円ほど高く請求してしまいました。すでに振り込まれてしまった後にミスに気付き、「間違えて請求したので返金します、申し訳ありません」と謝罪しましたが、相手は怒って「1円ずつ1000回に分けて払え」と要求してきたのです。
もう一つ、健康診断を担当している医療機関で、注射をする際に誤った場所に針を刺してしまうというミスが起こりました。刺されたときも、健康診断が終わった後も痛みがあったとのことで、患者から「痛みがひどい。どうしてくれるんだ!」とクレームがありましたが、患者からの要求は、高額な金銭請求でした。
どちらの事例も会社や病院のミスがきっかけとなっているので、クレームを受けることは仕方ありません。しかし、クレームを言うときに感情的になって不当な要求(特に慰謝料)をする人も多く、その場合、正当なクレームといえるケースはほとんどありません。
実際、クレーマーの事案では相手が要求しているよりも法的な責任が小さいケースが大半で、裁判でも要求が認められない場合が多いといえます。それにもかかわらず、実際にはお店や企業が不当な要求に押し負けてしまうことが多々あるのです。
こちらに非がなくとも対応は大変
ある保険会社が、自損事故(車を運転していて電柱にぶつかったり、転落してしまったりするなどの、相手がいない交通事故)保険の加入者から、「事故を起こしたので補償してほしい」との申し出がありました。しかし事故状況がはっきりせず、本人の言っている経緯も疑わしかったので「今回は保険はおりません」と説明すると、その後連絡がなく時効となりました。
保険会社側は終わったと思っていたところに、加入者から問い合わせがありました。保険会社では保険がおりない理由を説明したうえで、すでに時効であることも説明したのですが、加入者は「俺は保険金がほしいんじゃない! どうしておりないのか、納得できる説明が聞きたいんだ!」と言います。担当者は何度も説明しましたが、加入者は「納得できない」「説明が足りない」と繰り返し、金融庁にまで訴えました。
このケースでは、相談を受けた弁護士が詳細な説明を書き、根拠資料とともに加入者に送付しました。送付後も「納得できない」「意味が分からない」とクレームの電話がありましたが、「よく読めばわかります」「根拠資料も一緒に読めばわかります」と繰り返しました。
金融庁からも「きちんと説明したのか」と問い合わせがあり、送った資料を見せつつ、しっかり説明した旨を伝えました。そうしている間に加入者側も面倒になったのか、それ以上のクレームも来なくなりました。
この事例では、実際の目的は保険金を得ることだったけれど、それが難しいとわかって矛先を変えた可能性もあります。だからどんなに丁寧に説明しても、「納得できない」と繰り返したのかもしれません。
しかし、解決の見えない議論に付き合うのは大変です。無茶な言い分を聞き、返答しなくてはならないからです。クレーマー1人ひとりにこうした対応をしていては、限られた時間と人材を浪費してしまいます。すると他の顧客へのサービスの質が低下しますし、ストレスを感じた従業員が対応を誤ってしまうこともあります。また、クレーマーの不当な要求を飲むことで、「こういうことをする会社なのか……」と従業員の士気が下がるというデメリットもあるでしょう。
クレーマーへの対応法7つのポイント
様々なデメリットを生むクレーマーですが、初期段階では正当なクレームか悪質クレーマーかの判断は難しいものです。初めから強い態度で接することは避け、相手の感情を刺激しないようにしましょう。そうして正当なクレームではないと判断した場合は、毅然とした対応が必要です。
根本的な考え方としては、顧客平等主義を貫くべきです。ほかの顧客より優遇することなく、通常のクレーム処理と同じように対応しましょう。一度不当な要求を飲んでしまうと、それ以降もつけ込まれる危険があります。
クレーマーを特別扱いすることは、会社の負担である上、顧客や従業員からの批判の対象にもなってしまいます。近年では総会屋(株主総会において、無駄な発言や質問・スキャンダル的な質問を繰り返し、その行為をやめる代わりに利益を得ようとする人たち)へ金銭を送ることや、特定の顧客に対してのみ損失を補填する証券会社が批判されました。
とはいえ、実際に高圧的なクレームを受けたときには、対応が難しいものです。具体的な点について、お話しします。
発言に気をつける
クレーマーに対応するときには、まず発言に注意が必要です。「自分たちの責任です」「こちらに落ち度がありました」というように、責任を認める発言はNGです。クレーマーに圧力をかけられると、つい言ってしまいがちですが、即答は避けましょう。「あなたのおっしゃっていることをすべて伺い、上に確認してから回答します」などと答え、対応を考えます。
クレーマー対応に疲弊した従業員の不用意な発言を録音されて、窮地に陥ったケースもあります。当初の時点では企業側に非はなくても、こうしたことがあると、現在はSNSなどであっという間に拡散されてしまいます。サインや念書を書かない
暴力団の手口で、お店などを訪れ不当な要求をし、「俺がここに来たことを上に言わなきゃいけないから、サインだけしてくれ」と紙に名前を書かせる、というものがあります。それで白紙にサインをしたら、その部分を誓約書に転写され、「サインをしただろう」と脅されるなどといったことになります。
相手が一般人であっても、サインや念書には注意してください。「一筆書いてほしい」「今言ったことを紙に書いてほしい」と言われても、慎重に対応する必要があります。紙に書いた言葉は後で修正するのが難しく、そのときは問題のない内容だと思えても、どんな解釈をされるかわからないからです。約束をしない
クレーマーに対応する際、安易な約束をしないことも大切です。「それでは、いつまでに答えを出すんだ?」「誰が対応するんだ? 社長だな?」「いまここで約束しろ」などと言われることがありますが、その場合は「そういったことはお約束できません」「こちらで検討したうえで適切にやります、としか言いようがありません」と答える。
それでも相手がしつこければ「30分経ってもお引き取りいただけない場合は、大変申し訳ないのですが会社のルールに則って、警察に連絡することになっております」と応対するなど、事前に決めておくことが大切です。録音・録画を残す
不利な状況を残さないために、録音・録画を残すことも有効です。「相手に許可を取らずに録音したものは証拠にならない」と考える人もいますが、そんなことはありません。盗聴ではないので、裁判では裁判所が採用すべきと認めれば証拠として使えますし、自分と相手との会話を録音しても犯罪になるわけではありません。相手の許可も必要ありません(ただし、状況によっては、相手に録音していることを認識させるため、あえて「録音します」と告げてから録音するケースもあります)。
とにかく悪質なクレームがあった際は、記録を残せるように準備しておきましょう。今はみなさんスマホをお持ちなので、録音も録画も簡単にできます。紙に書かせる
センシティブな事案で丁寧に対応する必要がある場合は、相手に「クレームの内容をきちんと紙に書いてください」と伝える場合もあります。前述した注射のミスの事例では、患者さんが書いた書類をもとに医学的な見地から検討し、関係者への聞き取り調査も行われました。きちんと調べた結果、「それほどの要求には値しない」と回答できるケースもあります。一人で対応しない
クレーム対策は、個人任せにしないことが大切です。クレームに対応をしているのは、当たり前ですが人間です。腹の立つこともあれば気が滅入ることもあります。対応する従業員を保護しなければいけません。
大企業では、クレーム対応のルールとして複数人で対応することが定められているところが多いですが、中小企業では従業員が孤立してしまいがちです。
上司から「何とか処理しろ」と突き放されて困ってしまう。するとさらなるトラブルが生まれる可能性が高まります。対応している従業員がイライラして余計なことを口走ってしまうかもしれません。気が弱ければ言いなりになって、どんどん過大な要求をされてしまうことにもなり得ます。
トラブルを避けるためにも、クレーマーを上回る人数で対応しましょう。従業員の保護にもつながりますし、人が集まってくることでクレーマーが冷静になる効果もあります。
クレーマー対策においては、従業員個人任せにせず組織全体で一致協力して対応することが重要です。最初から社長が対応しない
クレーマーに多いのが、「社長を出せ」「店長を出せ」という要求。しかし、トップの立場の人が直接対応するのは、極力避けるべきです。
何かあったとき、対応したのが従業員であれば、その上の立場の人が軌道修正することも可能ですが、トップが対応をしてしまうと、後で修正が効きません。
また、言われるままにトップを出してしまえば、クレーマーに「あの会社は対応が甘い」と付け入る隙を与えることになってしまいます。
あらかじめ、クレーマー対策において会社を代表する権限を持つ人を複数決めて、外部研修等も受けてもらいましょう。クレーマーから迫られたとき「こんな対応をして、後で上司に怒られないか」と考えると、毅然と対応できません。自分が最高意思決定者だと思えることで、「この件に関しては私が社長と同等の立場と思っていただいて構いません」と強く対応できます。
対応をマニュアル化・ルール化しておく
悪質クレーマー対策の基本は、相手との関係を早めに清算し、それ以上つけ込まれないようにすることです。
人は、「自分たちは間違っていない、相手の言っていることが100%おかしい」と思える場合にはしっかり拒否できます。ただし現実的には、こちらにも一定の落ち度がある場合が圧倒的に多いでしょう。
さらに日本では「お客様第一主義」の意識が強く、つい要求を飲んでしまいがちです。そうならないように、日頃から対策を考えておきましょう。
本記事でご説明したように、クレーム対策で大事なのは個人任せにせず、組織で備えることです。会社のトップが「現場の社員に押し付けない、組織として対応する」と考え、高らかに宣言するとともに、マニュアルやルールを作り、対応力のある人材を育成し、対応機器等も準備しておくことが重要です
業界団体の中にはそうしたマニュアルを用意しているところや、不当要求対策の研修を実施しているところもあるので、相談してみるのもいいと思います。それでも問題が残る場合は、早めに弁護士等の専門家に相談することをお勧めします。