気づかないうちにハラスメントをしているかも……。注意すべきポイントは?

現在では、様々なハラスメントが問題になっています。セクハラ・パワハラといった、すでに法制化もされているものもあれば、一般に浸透しているとは言い難いものもあります。

いずれにしろ、重要なのは、どのような言動がハラスメントとして問題になり得るのかを知っておくことです。本記事では、すでに法制化されているセクハラ・パワハラを中心に知っておきたいことと、その他のハラスメントをいくつかご紹介いたします。

「セクハラ」「パワハラ」が生まれた経緯

「ハラスメント」という言葉が日本で一般的に使われるようになったのは、1989年頃と言われています。

この年、福岡県の出版社に勤務していた女性がセクシュアル・ハラスメント(セクハラ)を理由として上司を訴えた「福岡セクシュアル・ハラスメント事件」がありました。この訴訟をきっかけに、「それまで特に意識されてこなかった女性に対する行為や発言がセクハラとして問題となり得るのではないか」と身近な話題として浸透し、社会問題となりました。「セクシャル・ハラスメント」という言葉は、この年の新語・流行語大賞で新語部門金賞を受賞するほど世間に広まりました。

セクハラに続き、2001年には、「パワー・ハラスメント(パワハラ)」という言葉が生まれました。この言葉は、メンタルヘルスやハラスメントに関するコンサルティングをしていたクオレ・シー・キューブという企業の岡田康子さんが、職場における権力(パワー)を背景にしたハラスメントとして提唱した和製英語です。そこから、パワハラも社会一般に浸透していきました。

セクシュアル・ハラスメント(セクハラ)

厚生労働省は、職場におけるセクハラを「対価型」と「環境型」の二つに分類しています。

まず対価型セクハラとは、労働者への性的な言動に対して労働者が拒否や抵抗をすることで、不利益を受けることです。例えば、事業主が労働者に対して、性的な関係を要求したが拒否されたため、その労働者を解雇したり減給したりするような場合です。

次に環境型セクハラとは、労働者への性的な言動により労働者の就業意欲が低下することです。例えば、会社内で上司が部下の腰や胸に触ったため、部下が苦痛に感じて出社を拒否するような場合です。

こうした定義を見ると、基本的にセクハラは職場で起こる問題と言えますが、職場外であっても立場上の力関係が利用されていれば、セクハラに当たることもあります。例えば、一方が断りづらい立場にある取引先同士の関係などです。

いずれにしろ、一方に有利な要因がある状況で上の立場の人が性的な言動をした場合、相手が訴えれば、セクハラはほぼ認定されます。例えば「その洋服は体型がきれいに見えて素敵だね」という言葉でも、相手の主観により性的な言動となってしまう可能性があります。裁判でその言葉が性的な言動と認められてしまうと、言った側が「性的な言動の必要性があった」と立証することは難しいのです。

セクハラに当たる具体的な言動

ではどのような言動がセクハラにあたるのでしょうか。発言と行動、それぞれの具体例を見ていきましょう。

発言としては、性的な事実関係を尋ねること、性的な内容の噂を流すこと、性的な冗談を言うことなどが該当します。ほかにも、食事やデートへ執拗に誘うこと、個人的な性的体験談を話すことなどが当たります。

具体的なセリフとしては、「早く結婚しろ」「子どもを産め」。あるいは女性職員に対して「~ちゃん」付けで呼ぶことも、セクハラに当たるとした裁判例があります。

行動としては、性的な関係を強要すること、必要なく身体に触れることなどが該当します。また、わいせつな画像を配布・掲示することもセクハラに当たります。

特に注意したいのは、立場が下の人が自発的にとった行動だと受け取れる場合であっても、セクハラと認定されることがあるということです。

医者と看護師の事例を紹介します。

勤務中、ある医者が看護師にマッサージをしてもらっていました。そのうち医者がお礼をしようと考え、看護師と交代してマッサージをするようになりました。マッサージ中、看護師は「先生に気持ちいいって言ってもらえて嬉しい」と発言し、自分がマッサージをしてもらっているときは心地よさそうにしていたそうです。

後にこの看護師は退職し、弁護士を立てて医師がセクハラをしたと訴えました。医師当人としては悪気がなかったのかもしれませんが、このようなケースでセクハラが認定される可能性は否定できないと思います。

もう一つ、加害者側がセクハラの危険性を察知することが難しい事例を紹介します。音楽大学の女子学生と准教授のケースです。

あるとき、女子学生は准教授からセクハラだと感じる言動をされました。その後も女子学生は准教授と二人きりで食事をしたり、准教授を含めた旅行への参加を希望したりしていました。また卒業時の寄せ書きには、准教授に対する感謝の気持ちもつづっています。

このような行動から、女子学生が准教授に好意を抱いていると判断できるように思われますが、裁判ではセクハラ行為が認められました。女子学生が指導教員である准教授の誘いを断れない立場にあること、また卒業後に准教授からの仕事の提供を期待していたことを考えると、女子学生の行動は不自然ではないとみなされたのです。

このように、セクハラは被害者の表面的な行動だけでは判断されません。当事者同士の関係性や、被害者側が迎合的な言動を取った理由などから、総合的に評価されます。

セクハラは被害者の主観重視

セクハラについて最も注意が必要なのは、被害者の「主観」に沿って判断される傾向が強いということです。たとえ褒め言葉として言ったことでも、被害者の心情によってはセクハラと受け取られる可能性があります。

これは「何を」言うかより「誰が」言うかが重視されるとも言えます。例えば同じセリフであっても、好きな相手であれば嬉しい言葉、嫌いな相手に言われればセクハラと受け取られることがあるのです。

セクハラの判断基準の厳しさは、多くの業務の中で性的な会話が必要とは考えられないことに起因していると思われます。特に気をつけたいのは、会社の飲み会で気が緩んでいるときや、話に困ったときです。こうしたとき、セクシャルな話題は思いつきやすいものです。

本来であれば性的なことを言った時点でアウト。ただし相手が問題にしなければセーフというゾーンになっています。セクハラを防ぐにはとにかく余計なことは言わない、迷うなら言わない、といったことに尽きるでしょう。

パワー・ハラスメント(パワハラ)

パワハラとは、職場における上下関係を背景にした言動が、業務上必要な範囲を超えたことにより、労働者の就業環境が害されるものをいいます。

一般的には、上司から部下への注意指導・叱責がパワハラに該当するかどうかが問題となることが多いと言えます。

基本的には、業務上の必要性があれば、ある程度厳しい指導であってもパワハラと認定される可能性は低くなります。セクハラのイメージで「自分が嫌だと思えばパワハラだ」という方もいますが、業務上必要な指導だとみなされればパワハラとは認められません。

ある医療機関の裁判例を紹介します。

上司が事務スタッフに対して、「ミスが非常に多い」「遅いことは問題ではないから、何度もチェックして正確にやってもらいたい」「仕事を覚えようという意欲が感じられない」「学習してほしい」「周りの空気が読めていない」などと発言しました。このケースでは、「厳しい指摘や物言いが認められるものの、生命・健康をあずかる医療の現場では必要な指導」として、パワハラとは判断されませんでした。

もちろん、業務上の必要性がある場面でも、人格を非難したり名誉感情を毀損したりするような言動は、パワハラに該当する可能性が高くなります。

例えば上司が部下に「馬鹿野郎」「給料泥棒」、あるいは部下の妻を指して「よくこんな奴と結婚したな。物好きもいるもんだな」と発言したことを、パワハラに該当するとした裁判例があります。仕事で必要な指導や指摘はしても、部下の人格・人間性に触れるようなことは絶対に言わない。この部分は今の時代、強く求められています。

パワハラは業務上の必要性で判断される

このようにパワハラは労働者の主観ではなく、業務上の必要性という観点から判断されるという点で、セクハラとは違うといえるかもしれません。ただし、現時点では「業務上必要な指導」とされていることであっても、今後はパワハラとして認定されるかもしれません。パワハラへの風当たりはこれからも強くなるでしょう。

また、上記の例のように上司から部下に対するものがパワハラの典型ですが、これに限りません。同僚や部下の協力を得なければ業務をうまく進められないような場合には、同僚同士の言動や、部下から上司に対する言動もパワハラに該当する可能性があります。たとえ上下関係のない間柄であっても、注意は必要です。

マタニティ・ハラスメント(マタハラ)

「マタニティ・ハラスメント」という言葉は、一般的に妊娠・出産に関するハラスメントという意味で使われます。ただ国の指針等では「妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関するハラスメント」という呼称で、介護もふくめてひとまとめになっています。

マタハラの代表例として、上司に妊娠を報告したら「他の人を雇わなければならないので、早く辞めてもらうしかない」と言われる、同僚から「何でこんなに忙しいときに妊娠したの?」と言われるようなケースが挙げられます。

マタハラは、女性だけの問題ではありません。2022年には、いわゆる「産後パパ育休」の制度が創設されました。今後男性の育児休暇取得を促進する動きが強くなれば、パタニティ(父性)・ハラスメントの問題も大きくなる可能性があります。

労働者の育休推進の背景には、男女雇用機会均等法、育児介護休業法の成立があります。これらの法律では、事業主が労働者に対して、妊娠・出産・育児・介護休業を理由として、不利益な取扱い(解雇・降格・減給など)をすることを禁止しています。また、事業主には、職場における妊娠、出産、育児・介護休業などに関する言動により、労働者の就業環境が害されることのないよう必要な措置を取ることが義務となっています。

ただし、実際には企業側は対応に苦労するでしょう。重要なポジションに就いている従業員の穴を埋めることは簡単ではありません。新しい人員を補充できたとしても、育休後、従業員が復帰したときにその人をどうするかという問題があります。

その上、国は育休を推進していますが、育休に対応した企業への手当などがあるわけではありません。このような課題について、体力のある大手企業は対応できるかもしれませんが、大きな影響を受けるのは中小企業です。

もっとも、法律ができた以上、裁判になれば、裁判所は法律に沿った判断をしますから、会社側がいくら苦境を訴えても、育休に対応しなくていいことにはなりません。これは現実問題として、企業経営者にとっては非常に難しい問題でしょう。

ケア・ハラスメント(ケアハラ)

ケア・ハラスメントは、家族の介護に関する事柄で嫌がらせを受けたり、不利益な扱いをされたりすることです。

例えば、介護休業を取得したら上司や同僚から「あなたが休んだから、仕事の負担が増えて大変だ」と言われるようなケースです。

こちらも、男女ともに被害に遭う可能性があります。また加害者にならないよう、普段の言動にも気を配りましょう。

ジェンダー・ハラスメント(ジェンハラ)

ジェンダー・ハラスメントとは、性別に対する社会的な意識を背景に生まれる、差別や嫌がらせのことをいいます。

例えば女性従業員にだけお茶くみをさせる、あるいは「子育ては女性の仕事」「男は家庭より仕事が大事」といった発言をすることです。

こうした発言の多くは、本人に問題意識がありません。自分にとって当たり前だと思っている言動が、相手に不快感を与える可能性があるだけに注意が必要です。

ソーシャルメディア・ハラスメント(ソーハラ)

プライベートで利用しているSNSで、職場の上下関係を背景とした嫌がらせを受けることをソーシャルメディア・ハラスメントといいます。

例えば上司が部下にSNSの「友達登録」を執拗に迫る、部下の投稿を細かくチェックして「いいね!」を押すなどの行動によって、精神的苦痛を与えるような場合です。

「こんなことまでハラスメントになるなんて」と感じる方も多いと思います。しかし、コミュニケーションを取る意図であったとしても、過度にプライベートに立ち入れば問題になり得るのです。

自分の言動が他者を傷つけてはいないか

社会の考え方の変化や技術の発展により、これまでは当たり前のこととして特に問題視されていなかったことや、そもそも問題にならなかったことが、ハラスメントとして捉えられるようになってきています。

今後も新たなハラスメントが生まれてくるのは必至で、「これまで許されていたのだから大丈夫」というわけにはいきません。社会の変化に応じてこれまで許されていたことが本当に問題なかったのか、他者を傷つけるものではないか、改めて考え直しつつ、その時代に合った対応をしていかなければならないといえるでしょう。