【特別対談】寺田有希×菅野晴隆 自分の頭で考える。「法律」が私たちに教えてくれること

本来、法律とは私たちの日常の中にあるものです。弁護士が活躍するのは裁判の場だけではありません。弁護士は生活の中にあるさまざまな問題に精通しており、早めに相談することで、大きなトラブルを回避できることもあります。
弁護士をどのような視点で活用すればいいのか、全国に5つの事務所を展開するブレインハート法律事務所の代表を務める菅野晴隆弁護士に、ベンチャー女優・寺田有希さんが話を聞きました。
その内容は、多くの人が持つ「弁護士」のイメージを変えるものでした。そして話は「自分で情報を選び取ること」の意義に及びます。法律を通して、私たちは何を考えるべきなのでしょうか。

【プロフィール】

寺田 有希(てらだ・ゆき)

ベンチャー女優。1989年生まれ。大阪府出身。明治大学文学部文学科演劇学専攻卒業。2004年芸能界デビュー後、2012年芸能事務所との専属契約を終了して独立。2023年1月に約10年間務めた『ホリエモンチャンネル』のアシスタントMCを卒業。メンズファッションチャンネル『B.R.CHANNEL Fashion College』やオーデマ ピゲ『時計のはなし』でMCを務めるなど、多岐にわたり活動中。著書に『対峙力』『自分を変える話し方』(以上クロスメディア・パブリッシング)。

菅野 晴隆(かんの・はるたか)

弁護士法人ブレインハート法律事務所代表弁護士社長。福島県出身。慶應義塾大学法学部卒業。司法試験で最難関の論文試験に受験者中上位2パーセントの成績で合格。「ブレイン(頭脳)」と「ハート(心)」を掛け合わせたホスピタリティあふれる法律事務所を目指し、ブレインハート法律事務所を設立。お金や不動産をめぐるトラブル、交通事故、刑事事件、離婚・男女問題、相続問題、高齢者問題など数千件に及ぶ事件を担当し、労働法、倒産法等にも精通。市民や企業経営者の「人生ナビゲーター(かかりつけ弁護士)」となるべく務めている。著書に『経験に学ぶな』(クロスメディア・パブリッシング)。

大切なのはトラブルになる前の「予防」

寺田: 今日はよろしくお願いします。弁護士の方とお話する機会はあまりないので、楽しみにしてきました。

菅野: こちらこそ、よろしくお願いします。早速ですが、弁護士にはどんなイメージがありますか?

寺田: 裁判で守ってくれる、何かあったときに頼りになる、といった感じですね。

菅野: そうですね。一般的に、弁護士といえば刑事裁判で被告人を弁護しているイメージがあると思います。弁護士の多くも、裁判で活躍することを考えてこの道を目指しますし、もちろん、裁判は弁護士の大切な仕事です。
ただ、何かトラブルがあったとき、裁判にならないように解決することも弁護士の重要な役割なのです。
裁判というものは、必ずしも勝てるとはいえないものですし、仮に勝ったとしても、かなりのお金と時間がかかります。第一審の裁判でも1年。そこからさらに控訴や最高裁に上告するとなると、何年もかかってしまいます。
しかし、大きなトラブルになる前に弁護士に相談すれば、そこで解決できることもあります。もっと気軽に法律事務所を訪ねてほしいと思います。

寺田: そうか、まずは予防が肝心なのですね。健康面でも、予防医療が大切だといわれます。

菅野: そう、まさに予防医療と同じですね。法律の世界にも、予防法学とか予防法務といわれる分野があります。

寺田: そのような分野があるのですね! 知りませんでした。

菅野: 病気と同じで、法的な問題も小さなうちに対処すれば大きな被害やトラブルを未然に防ぐこともできます。予防法務の考え方は、企業では浸透していますが、一般の方にはまだまだ根付いていません。特に日本人は、自分たちではどうにもできないほど追い詰められたときに初めて弁護士に相談するというケースが多いですね。

弁護士はいろんなヒーローと出会わせてくれる架け橋

寺田: やっぱり、何かトラブルが起こってからでなければ、弁護士さんに相談してはいけないという感覚はありますね。

菅野: 実際、中には小さな困り事の相談を断る弁護士もいるようですが、私はその考え方は古いと思います。弁護士が社会的に存在意義を認められるためには、皆さんに広く貢献できなくてはいけません。そのためには、弁護士側が「気軽に相談してください」と発信する努力が必要だと思います。実際、最近では相談者にきちんと寄り添っていこうと考える弁護士事務所が増えています。

寺田: そうなんですね。頼もしいです。

菅野: ちなみに寺田さんは日常やお仕事で困ったことはありますか?

寺田: 私はフリーランスで活動しているので、契約するときに「この契約書は大丈夫か。自分にとって不利な内容ではないか。」という点は気になります。

菅野: 寺田さんの周りにも契約や法律に詳しい方がいると思いますが、契約書を読むことに一番長けているのは弁護士です。不安になることがあれば、一度弁護士に見てもらうのもお勧めです。

寺田: なるほど。あとそれから、以前友人にお金を貸したことがあったのですが、なんだか悪い気がして借用書を作らなかったのです。結局そのお金は返してもらえませんでした。

菅野: 借用書を書かずに貸してしまっても、弁護士に相談していれば「こういう証拠があれば可能性はある」とアドバイスできたかもしれません。

寺田: そうなんですか。相談すればよかった……。

菅野: 弁護士はドラマで見るような刑事事件だけを扱っているわけではありません。日常で起こるさまざまなトラブルも扱いますし、そうした問題にも精通しています。困ったことがあれば、本当に気軽な気持ちで相談していただきたいと思っています。

寺田: 最後の最後に頼れるヒーローというより、近所にいる物知りなお兄さんみたいな感覚ですね。「この前こんなことがあったけど、どうしたらいいかな」と、世間話のついでにちょっと相談できるような。

菅野: その通りです。少なくとも私の事務所は、日常のちょっとした困りごとを話したいという相談でもウェルカムです。むしろ些細な問題として見逃されている中に将来の紛争の原因となる事柄が潜んでいることもあるので、そのような点にも注目していきたいと思っています。

寺田: でも実際には「こんな困りごとでもいいの?」って迷うこともありそうです。警察や役所に行くべきなのかなって。

菅野: どこに相談すればいいか悩んだときも、弁護士を頼ってください。例えば、職場でいじめがあったとします。弁護士は過去の案件を通してたくさんの専門家と関わっているので、ケースに応じて「いまの段階では弁護士ができることはないけれど、ここに行けば支援をしてくれますよ」とアドバイスすることもあります。 ほかにも、建築紛争を担当すれば設計士さんや工務店さん、医療事件であれば医者などの医療従事者と関わります。交通事故を担当すれば工学鑑定というものがあると知ります。そうしたつながりから、そのとき、その人に必要な専門家を紹介できる可能性があるのです。

寺田: なるほど! いろんな業界に専門家というヒーローがいて、弁護士さんは私たちと、そうしたヒーローをつなげてくれる架け橋のような存在にもなり得るのですね。

菅野: すばらしい表現ですね! そう、まさに架け橋になれると思います。

弁護士の経験や知識を広く役立たせるために

寺田: 私も、これから何か困ったことがあったら相談するようにします。

菅野: そうですね。どなたであっても、何か被害を受けたときだけでなく、むしろ自分にも落ち度がある場合にこそ相談していただきたいですね。
例えば、飲食店でお客様に迷惑をかけてクレームを受けるときなどです。ミスがあればクレーム自体は仕方ないですが、必要以上の要求をする「悪質クレーマー」もいます。
日本人は正義感が強いので、自分に非がないときは毅然と対応できるのですが、逆に「自分に落ち度がある」と思っているときは萎縮しがちで、つけ込まれてしまうことが多いようです。

寺田: 確かに、相手が悪いときは「弁護士さんに相談だ!」と考えることができそうですが、逆の場合は思い浮かばないかもしれません。自分に非があるときも弁護士さんに頼っていいのですね。

菅野: そうです。むしろ、そういうときこそ、相談した方がいいと思います。

確かに「誰かに知られたら」と思うと相談しづらいかもしれませんが、弁護士が秘密を漏らすことはありません。弁護士に課せられる守秘義務は大変厳しいのです。 以前、ある経営者の方から相談を受けました。アダルトサイトのクリック詐欺に引っかかってしまって請求メールが次々とくる。とても怖かったけれど、恥ずかしくて誰にも相談できない。そんなときたまたま知り合いだった私を思い出したそうです。
最初は言いにくそうにしていましたが「こちらは墓場まで秘密を持っていく覚悟で仕事しています。情報が漏れる心配はありませんから、安心して相談してください」と伝えたらお話していただけました。

自分の頭で情報を吟味する癖をつける

寺田: 弁護士さんは、自分たちのイメージを変えようと頑張ってらっしゃるのですね。一方で、私たちが考えなければいけないことはありますか?

菅野: 正直、難しい問題ですが、「みんなが言っているから」とか「有名な人が言っているから」といった話を鵜呑みにしないということでしょうか。
「世の中で言われていることは本当に正しいのか?」と何事も自分で考える意識が大切だと思います。何かトラブルがあったときも「これはこういうものだ」と決めつけなければ、弁護士に相談してみようという考え方もできるようになると思います。

寺田: いまはSNSも発達して、情報が溢れていますよね。例えば、「インフルエンサーが言っていることだから正しいだろう」と思いやすい世の中になってしまっていると感じます。でもいまの話からすると、情報を選び取るスキルも求められるのですね。

菅野: そうです。いろいろな意見・情報がある中で、「どれが正しいのか」とか、「もしかしたら、どれも完全には正しくないのではないか」と考えながら、正しい情報を見極めていく。これは裁判に携わる弁護士が、これまで常に行ってきたことですが、その作業を、誰もがする必要が出てきたといえるでしょう。
例えば、車を運転していて「青信号で進む」という、一見正しいと思えることでも、見る角度を変えれば違った意見があります。ある人は、「赤信号で止まるのは当たり前」と考えています。確かに間違った考えではありません。しかし、青信号で進んだとき、もし赤信号側の車がスピードを落とす様子もなく走ってきたら、ぶつかってしまうかもしれません。いくら相手が悪くても、自分がケガをしますし、最悪の場合は死んでしまいます。車だって壊れてしまう。この状況で「青信号で進む常識」は正しいといえるでしょうか。

寺田: いえ、止まったほうがいいですね。

菅野: 「赤信号の人は停止するのが当然だから、青信号の自分は進む」とはならないですよね。世間で常識とされている事柄でさえ、状況や立場、見方によっては、正しい判断とはいえないこともあります。
このように複雑な世の中で、何が正しいのかを考え抜くことは簡単なことではありませんが、その努力は大切だと思います。
法が扱う分野は、その延長線上にあるともいえます。
物事を俯瞰的に見て冷静に考えられるようになれば、個別の法律の条文を知らなくても、ある程度正しい結論にたどり着けるようになるものなのです。

寺田: トラブルになったとき、自分とは逆の立場を想像してみるのも大切なことですよね。その先に物事を俯瞰で見る力も身につくような気がします。

菅野: そうですね。こうした意識改革・訓練は、本来教育の過程でやっていくべきものだと思いますが、いまの教育ではあまり取り組まれないようですね。
私たちの事務所では、学校への出前講義も積極的に引き受けていますので、その中で、いまのようなお話をすることもできますし、講義だけではなく、実際の裁判を見たり、模擬裁判をしたりすることを通じて、俯瞰的かつ冷静に考える訓練をすることもできます。
さらに言うと、いまお話した技術的な訓練だけでなく、その背後にある法の考え方や哲学についてもお伝えできたらと思っています。
日本では市民に基本的人権が認められ、日本国憲法では自己決定権が保障されていますが、こうした理念や哲学の理解が必ずしも十分ではないように感じます。
地道ではありますが、私たちの活動が、「人権とは何か」を考え、あるいは「自分に関する事柄は自分で考え、自分で決める」ということを真剣に考えるきっかけになればいいなと思っています。

寺田: 「自分に関する事柄」といえば、ツーブロックの髪型を禁止する校則が話題になったことがありましたね。

菅野: 髪型も重要な自己表現の一つであり、自分自身で決めるものであって、規則で縛られるようなものではありませんね。
しかし新型コロナ禍の下の日本社会では、髪型どころか「マスクをするかしないか」「ワクチンを打つか打たないか」といった選択にまで、事実上の圧力を感じるような場面があったと思います。
これらは、自分の命や健康に関わる問題です。本来はマスクをするかどうか、ワクチンを打つかどうかは、自分で決めていいはずで、法律をもってしても強制できることではありません。
欧米などは個人の自由(人権)に対する制限に敏感で、例えば政府が「マスクをしなさい」「ワクチンを打ちなさい」といってもすぐに反対して各州の裁判所などが個人の自由を守る方向へと政府の考えを軌道修正します。
でも日本では多数意見に逆らって基本的人権を叫ぶような人は、変な人、他人のことを考えていないわがままな人と片付けられてしまうところがあります。一人ひとりがもっと日本国憲法を学び、自分の権利はきちんと主張すると同時に、他人の自由を尊重するということを学んで、自分の権利も相手の権利も守ろうとする意識を持つことが必要だと思います。

とにかくなんでもやってみればいい

寺田: 菅野弁護士のお話を聞いて、弁護士さんのイメージが大きく変わりました。ところで菅野弁護士は、なぜ弁護士になろうと思ったのですか?

菅野: 子どもの頃に、親族の会社が倒産したことがきっかけです。 私の祖父が事業を起こし、その後、いくつかの会社からなる、それなりの規模のあるグループを親族で経営していたのですが、中心となる会社が倒産。親族は職を失いました。私の家族も連帯保証をしていて、大変苦しみました。
連帯保証人は借金をした人と全く同じ責任を負うようなもので、基本的に引き受けるべきものではないのですが、そうはいっても親族間では断ることができなかったのだと思います。私の親が持っていた家などの不動産もすべて抵当に取られ、本当につらい日々を過ごしました。

寺田: そんな苦労があったのですね。

菅野: しかし、当時父は一部の財産と会社だけは手元に残せるよう、複数の銀行を相手に自分で交渉したのです。いまでも、その時の父の行動を尊敬しています。 そんな父から「どんなに羽振りのよい経営者でも、一瞬にして転落することもある。だからお前は資格を持った方がいい」と言われたのが弁護士を目指す大きなきっかけになりました。
また、親族の会社が倒産した際に、実際に弁護士さんに会うこともあり「法律家ってかっこいいな」と思ったこともきっかけになりました。

寺田: では子どもの頃の夢をそのまま実現されたのですね。

菅野: そうは言っても、中学生の時に検事もいいなと心が揺れたことはありました。特捜部が活躍しているのを見て、正義のヒーローみたいで憧れたんですね。
しかし検事も弁護士も司法試験に受からないとなれないのは同じだったので「どっちかにはなりたい」という思いで司法試験合格を目指しました。
また、私の性格をよくわかっている父が「とにかくなんでもやってみるのがお前のいいところだ」と何度も言ってくれたことが、チャレンジ精神につながったのかもしれません。
司法試験を突破して弁護士になってからも、「やらずに悔いを残すより、やってみること」を選び続けてきました。
無謀と言われながらも全国展開したり、非常に規模の大きい案件を引き受けたりしてきたのも、そのためです。
その分失敗もありますが、失敗は失敗と思わなければいいわけです。
失敗を「成功への教訓」として生かし、成功するまで挑戦し続ければ、失敗にはなりません。

寺田: すてきな考え方ですね。今日はとても勉強になりましたし、菅野弁護士の考え方にも感動しました。貴重な時間をありがとうございました。

菅野: こちらこそ、ありがとうございました。