免許を取る際には「車は凶器であり、事故が起きれば責任を取らなければならない」と教えられます。また、自動車の場合は保険の加入も徹底されていますね。
しかし自転車はどうでしょうか、保険に入っていますか?
今回は自動車事故ほど意識されない自転車や歩行者の事故を紹介します。 どんな方でも被害者に、あるいは加害者になってしまう危険性があるという発想を持っていただければ幸いです。
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自転車が歩行者に衝突し1094万円の損害賠償

自動車で人を轢いてしまったとなれば、多額の賠償請求があるとイメージできると思います。もしものときに備えて、自動車を運転するほとんどの人が、任意保険に入っているのではないでしょうか。
一方で、自転車に乗るうえではそこまでの想定をする人は少ないでしょう。しかし、場合によっては相当な高額の賠償請求が認められることもあります。
実際に、自転車に乗っていた高校生が歩行者(78歳女性)に衝突し、ケガをさせた事例では、加害者である高校生に1億円を超える賠償請求がなされ、裁判の結果1094万円の賠償請求が認められたケースがありました。
もしもの時に備えて、最近は自転車屋さんでヘルメットや保険を勧めてくれるようです。しかし、みなさん油断しがちで、自動車保険に比べて浸透しているとはいえません。下記に紹介するように、多額な損害賠償が発生することもあります。自分だけではなく、家族が自転車に乗っている場合も、保険の加入を検討してみてください。 また、乗っている本人がケガをすることもあります。事故を起こさないための考え方についても、お話ししていきます。
違反したからといってすべての責任があるわけではない

多くの場合、自転車同士の事故が起きた際の責任割合は、自動車同士の基準を参考に判断します。自動車同士の事故は、対等な関係の者同士の事故の典型例となっていることが多いからです。
ですから、自動車事故も自転車事故も、しっかりとした基準に従って判断される点は同じです。ただ両者で異なるのは、当事者の交渉において生の本音がぶつかり合うことです。自転車事故の場合、当事者が保険に入っていないことが多いため、当事者同士が直接話し合うことが多くなるのです。
ここで注意すべき点があります。事故が起こった場合、双方に落ち度があることが普通です。それにも関わらず、当事者同士の話し合いではどうしても見えやすい落ち度や法令違反に注意が向いてしまい、それらが過大に評価される傾向があるのです。
例えば、自転車同士が衝突した際、一方の自転車が右側通行をしていたとします。自転車は左側を走るのがルールなので、相手から「あなたがきちんと左側通行を守っていれば事故は起きなかったのだから、全面的にそちらが悪い」と主張される場面が多々あります。
交渉する中で、交通ルールを守っていなかったほうは、自分に落ち度があることはわかっています、そのため、そこを責められると必要以上に責任を感じてしまう傾向があります。
しかし、本当に交通ルールを守らなかった人だけが悪いのでしょうか?
事故の当事者に違法な点があったとしても、責任があるとされない場合もあり得るのです。
まず自動車の場合で考えてみましょう。 例えば昼間、ある自動車が赤信号にしたがって停車していたところ、別の車に追突された事故があったとします。
この場合、通常であれば、追突した車両に事故の全責任があると考えられます。この結論は、仮に追突された側の運転手が酒気帯び運転であったとしても、変わらないと考えられています。これは、運転者の酒気帯びという事実と事故との間には、直接の因果関係がないと考えられるためです(ただし、酒気帯び運転に対する処罰は受けることになるでしょう)。
同じく自転車の右側通行であっても、状況によっては、事故との因果関係が明確でない場合があります。
例えば、自分から見て右側から走行してきた自転車が右側通行をしていた場合、右側通行を理由に相手方の事故に対する責任が重くなるとは言い切れません。
なぜならこの場合、相手が左側通行するよりも右側通行をしているほうが、相手を視認し得る時間が長くなるからです。つまり、「相手方の右側通行によって事故回避が困難になった」とは言い難いのです。
このように、ルールを守っていないからと言って、直ちに責任が重くなるとは言い切れませんし、ましてや全責任があると決まるわけでもないのです。
「ルール違反の有無で事故の責任割合が決まるわけではない」ということは保険会社の担当者であれば理解していますが、一般の方はなかなか知りえないことです。
一般に事故が起きるときには双方に何らかの落ち度があることが多く、自分に落ち度があるからと言って、相手に落ち度がないとは言い切れません。
自分が悪いと思ったときでも弁護士などの専門家に相談しましょう。どの程度の責任が自分にあるのかを確認しておけば、必要以上に重い責任を負わなくて済むのです。
仮に話し合いがもつれて裁判になったとしても、必要以上に恐れることはありません。よく「裁判だけはやりたくない」とおっしゃる方もいますが、むしろ裁判で自分の責任の範囲を確定させれば、相手から不当に要求されることを防ぐことができます。
ラッシュ時のホームで歩行者同士が衝突

自転車の事故以上に意識しづらいのが、歩行者同士の事故です。重大な被害に発展することが少なく、裁判になりにくいことからか、裁判例も多くはありませんが、その中でも目につくのは、駅における歩行者同士の衝突事故です。
駅で老人と衝突
これは混雑する駅構内で、急いで歩いていた乗客同士が衝突し、そのうち一人が骨折し70万円の損害賠償が認められたというケースです。この裁判例は昭和40年代のものなので、現代の物価に換算すると賠償金額はより高額になる可能性があります。高齢化も進んでいますので、被害者が老人の場合はもっと大きなケガを負わせてしまうかもしれません。駅でスマホを見ていたら…
最近はスマートフォンがきっかけで起こる衝突事故も増えています。これは裁判例ではありませんが、相談を受けたケースで、駅のホームが狭くなっている場所でスマホを落としそうになったため、慌てて拾おうとしたところ、ちょうど自分の前を横切った人とぶつかってしまい、その人がホームから落ちそうになるという非常に危険な事故がありました。
最近は駅のホームでもスマホ操作に夢中になっている人も多いので、危険な場所は歩かないようにしましょう。同時に、スマホに熱中するあまり加害者にならないように気をつけたいですね。こちらも被害者が高齢であれば大きなケガに発展してしまうこともあるでしょう。高齢化が進んでいくにつれて目立ってくるケースといえるかもしれません。子どもが通行人と衝突
注意力が散漫になって事故を起こす例として、小さな子どもが歩いていたり、自転車に乗っていたりするケースが挙げられます。子どもが周りをよく見ていなかったり、友達とのおしゃべりに夢中になったりして人とぶつかってしまう、といった例です。
実際に下校中の子どもが走っていて歩行者と衝突してしまい、転倒した歩行者が負傷するという事故の相談を受けたことがあります。子どもですし、危険なものを持っているわけでもないから大きな事故を起こすはずがない、と考えてしまいがちですが、このケースでは歩行者はかなり重い怪我をしました。
小学生にもなると体も大きくなり、力も強くなっています。全力で走っているところにぶつかれば、当たり所によっては骨折する可能性もあります。軽く考えることはできません。デパートのエレベーター前で衝突
子どもと老人の衝突事故を、もう一つ紹介します。デパートのエレベーター前に子どもが走ってきて、ボタンを押そうとしていた高齢者にぶつかり、複雑骨折をさせてしまったという事故です。
子どもの親御さんは「相手の注意力が足りない」「大きなケガになったのは高齢で体が弱くなっているからだ」と主張しましたが、結局100万円単位の損害賠償をする結果になりました。
幸いにも親御さんが賠償責任の保険に入っていて、お金を払って和解で終えることができましたが、そうでなければ大変な負担になっていたでしょう。
「法的な正しさ」より「事故を起こさない」ことが大事

今回は交通事故のうち、普段注目されることの少ない自転車や歩行者の衝突事故を中心に紹介しました。自転車や歩行者事故は、自動車の事故とは異なり、間に保険会社が入らず当事者同士の交渉になりやすい類型です。
前述したとおり、当事者同士の交渉では、「事故を誘発したかどうか」よりも「ルールに違反している」という点が強調され、ルールに違反した側が責められる構図になりがちです。そこには、正義感が強く、秩序の維持と安定を特に大切に考える日本人の気質も影響しているかもしれません。
また、こうした意識の裏返しなのか、交通ルールを守っている人には往々にして「正しいのは自分であり、間違った相手に屈してはならない。相手にそれをわからせたい」という感覚を持つ方が多いように感じます。
しかし、自分の正しさを相手に理解させることはそこまで大切なことでしょうか? 正義感が強いばかりに、危ない橋を渡ってしまう方もいます。例えば信号が変わり、自分は青信号で進もうとしたが赤信号側の車が猛然と走ってくる。自分が優先道路を走っていて交差点に差し掛かるとき、ものすごいスピードで車が曲がってくる。見通しのいい道路でルール違反をしている車を見たとき、「こちらが青信号だから」「優先道路を走っているのは私だから」という理由で車を走らせるでしょうか。
法的に正しいのが自分であっても、事故が起きてしまえばケガをする可能性もありますし、最悪の場合、命に関わることもあります。当然、車も損傷してお金もかかります。「ルールを守らない人もいる」という意識のもと、法的な正しさよりも周りを見渡して事故を回避することを優先させてほしいと思います。
今回の記事が、読者の方が被害者にも加害者にもならない一助となれば幸いです。