ペットが起こす事故、特に犬による噛みつき事故は、被害者だけでなく飼い主にも大きな影響を与えます。一般的には飼い主の責任のほうが重いとされていますが、その負担割合は、具体的な状況によって異なります。この記事では、飼い主の責任の重さについて意識を向けつつ、事故が起こった状況別に、どの程度の責任が課せられるのかを解説します。また、そのような事故を避けるための対策も紹介していますので、犬を飼っている方など、ぜひ参考にしてみてください。
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動物による事故は決して珍しくない

ブレインハート法律事務所では、ペットの起こす事故の案件を多く扱っています。ペットの事案では圧倒的に犬が起こす事故が多くなります。稀に「ドアの郵便受けに手を入れて郵便物を押し込もうとしたところ、中にいた猫にひっかかれた」というような事例もありますが、「犬が人を噛む」事故が大多数にのぼります。
犬による噛みつき事故で最近目立つのは、運送業や介護業務に就いている方が被害者になるケースです。
荷物を届けるために門扉にある呼び鈴を押しても、誰も出てこない。けれども中で音がするので敷地内に入ってみると、犬がいて噛まれてしまう。介護を受けている方は寂しさからペットを飼う方も多いようで、そこを訪れた介護士の方などが噛まれてしまう。また、ガスメーターを点検した際に、庭にいる犬に噛まれてしまうといったケースもあります。
いずれにしろ、被害に遭われる方は一定の注意力を持った大人で、しかも業務中です。どんな方でも、こうした事故に遭う危険性があると言えるでしょう。
自宅の庭で起きた事故でも飼い主の責任が問われる

これまでの裁判例を見ていくと、公の場所で起きた事故なのか、私的な場所で起きた事故なのかが、責任の範囲についての一つの基準になっています。例えば人の往来がある道路上で起きた事故なのか、それとも自宅敷地内などで起きたのかということですね。
公の場所で起きた事故の場合、一般的には、100%に近いような大きな責任が飼い主に認められます。犬の散歩はリードをつけるべきですし、みんながいるところに犬をつれて行って人を噛んでしまったのですから、これは理解しやすいと思います。
一方で、プライベートな場所であれば、犬を外に出しているわけではありません。犬のいる場所に人が来て噛まれるわけですから、飼い主の責任はやや軽いとされる場合もあります。
しかし、実際にはプライベートな場所で起きた場合も、飼い主の責任はかなり重く見られます。
例えば運送業の人が庭で噛まれた事例の場合、飼い主としては「庭は自分の家の敷地内で、無断で侵入した側に責任がある」と主張します。しかし裁判では「庭はある程度人が出入りする場所」としてみなされるためか、飼い主の責任はかなり重くなりがちです。実際に、多くのケースで飼い主側に責任があると判断され、過失割合としても50~60%となるケースが多く見られます。
飼い主は動物の適切な管理と監督をする必要があります。屋外で犬を飼う場合、庭の中であっても、きちんと繋いでおく必要があります。犬が自由に動き回れるようにしていることで、事故の責任は大きくなります。
また、家の中であっても注意は必要です。多くはないケースですが、家の中で放し飼いにしていた犬が人を噛んだことで、裁判になった事例もあります。 家のドアや窓が開いていない限り、犬が外に出ることはないので問題ありませんが、呼び鈴が鳴ってドアを開けたときに犬が飛び出て訪問者が噛まれる。あるいは人が家の中に入ったときにケージなどに犬を入れなかったことで、噛まれてしまう。先ほどお話しした、訪問介護の現場で多い事例です。これらの場合も、飼い主が比較的重い責任を負うことが多いといえます。
勝手に犬に触って噛まれた場合でも飼い主に責任が

場所の公私とは別に、責任の割合を決める大きな要素が、被害者が自分から犬に近づいたのか、そうでないのか、といった点です。
被害者が自分から近づいたのであれば、当然、そうではない場合に比べて被害者の責任が重くなります。ただし、そうはいっても飼い主側に4割程度の責任が認められることが多い(もっと大きな責任を飼い主側に認めるケースもある)ようです。
また、通学中の子供が犬を触って噛まれてしまった事故でも、飼い主に50%前後の責任を認めた裁判例があります。別の裁判例では、飛び込み営業の訪問者が勝手に犬を触って噛まれたケースで、飼い主に4割の責任を認めたケースもあります。
飼い主の感覚からすると、想像よりも重い責任かと思います。これには、法律上、犬は「物」扱いされるという背景があります。人に危害を加え得る物であれば「凶器」です。ナイフや包丁をしっかり管理しなければいけないのと同様に、「被害者が不用意に近づいてきたとしても、凶器によって被害を与える可能性までを考えるのが飼い主の責任」と考えられるのです。
「犬が噛んだ」で1000万円単位の損害賠償もあり得る

さて、実際に犬の噛みつき事故が起きてしまった場合、加害者はどのくらいの負担を課せられるのでしょうか。
賠償金額は、まず事故の大きさで決まります。事故によって負ったケガが重大なものであればあるほど、入院費と治療費は高くなります。一概には言えませんが、数十万から数百万といった単位です。
また、それとは別に「入通院慰謝料」といって、「入院や通院をしなければいけない」という心の苦痛に対して慰謝料を支払います。犬の噛みつき事故であれば、入通院慰謝料は数十万円という単位が多いですが、稀に数百万円になることもあります。
そして、損害賠償で最も高額になる可能性が高いのが後遺障害です。
まずは事故による後遺症があるのかないのかを争い、後遺症が認められる場合は等級の争いになります。等級は「寝たきりになる」など死亡に匹敵するような重大なもの(1級)から、神経に障害が残る軽微なもの(14級)まであります。どの等級に認定されるかで賠償額は大きく異なります。
後遺障害の賠償金額としては、「逸失利益(得べかりし利益)」が計算されます。例えば30歳の時に事故に遭って、もし後遺症が残らずに67歳まで働けていたらこのくらいの収入があったはずという金額です。
入院費・通院費、それに入通院慰謝料は数十万円から数百万円でしたが、後遺症の逸失利益まで認定されると、額は1000万単位で跳ね上がります。特に高収入の方が被害者になると、その分積み重なる額が大きくなります。
当然、加害者側は低い等級、被害者側は高い等級を主張します。「犬に噛まれた」が原因で、裁判で激しい争いになることもあるのです。
同じ事故が起きても裁判の結果は異なる?

前述のように、飼い主にどれだけの責任があるのかは、基本的に裁判で争われることになります。
今回の事故の損害は100万円となった場合、公共の場で起きた事故なら大体何割、プライベートな空間で起きたなら大体何割が飼い主の責任といったように、まずスタートとなる大まかな基準を考えます。
そこからさまざまな要因を加味して、どこまでが飼い主の負担割合なのかが判断されます。
ただし、ペットが起こす事故の場合、こうした基準が曖昧になりがちです。裁判では法律が根拠になる以上、常に答えが一つに決まるようなイメージがありますが、そうとは言い切れません。
ブレインハート法律事務所では、他と比べてペットによる事故の案件を多く扱っています。しかし、ペットによる事故は一般的に賠償金額などが少額なので、ほかの案件に比べて裁判になるケースが少ないと言えます。これまでの裁判例が少ないことから、裁判官によって判断が揺れることがあります。
また、法律の世界では、「条件関係」と「相当因果関係」という考え方がありますが、この点に関する判断も、結果に大きく影響します。
条件関係とは、一般的な意味での因果関係を指します。例えばある人が犬に吠えられて驚き、ガードレールを越えて車道に飛び出した結果、車に轢かれたとします。この場合、「犬が吠えた→人が車に轢かれた」ということが、条件関係になります。
条件関係だけで考えれば、犬が吠えなければその人は車に轢かれずに済んだことになります。であれば、やはり飼い主に責任が発生することになりそうですが、ここで相当因果関係という考え方が加わります。
相当因果関係とは、「ある事象から社会的な常識から考えてその結果が起こるといえる因果関係」のことを指します。実際の裁判では、条件関係が認められても相当因果関係で否定される場合が多々あります。
先ほどの例で言えば、犬に吠えられなければ車に轢かれることはなかったという関係(条件関係)は認められても、犬にほえられたら誰もがガードレールを越えて車道に飛び出すほど驚くということが社会常識的に相当であるか、との点(相当因果関係)については否定されることもあり得るでしょう。
膨大な裁判例がある交通事故の場合は、「右折と直進の事故なら責任の割合はこのくらい」というように、一般的な基準がまとまっていますが、動物の事故は事例が少ないために、こうした基準がありません。またあまり裁判にもならないので、裁判官もその必要性を感じていないとも言えます。
結果的に裁判官はその場その場で考えざるを得ません。その判断に人間である裁判官の価値観が入ってくることで、結果が揺れることもあり得ます。
「老人が犬に驚いて転んだら骨折」の責任は誰に

一例として、街で散歩していた犬が急に吠え、それに驚いた老人の方が転んで骨折した事故がありました。犬が吠えただけですし、大型犬でもなかったので鳴き声もそこまで大きかったとはいえないケースです。しかし地方裁判所では、飼い主には400万円の賠償責任が認められました。
飼い主側は、犬が老人を噛んだわけでもないし、被害者が高齢であることから骨が弱っていた可能性もある。そうした事情を考慮すべきと主張したのですが、結果的には非常に重たい賠償を認められてしまいました。その方は個人賠償責任保険に入っていたらしく、賠償金は保険会社が払ったようですが、もしご本人で払っていたら大変でした。
こうした事例の場合、裁判官によっては「老人だから骨折してしまった」と判断し、飼い主の責任を少なく見積もることも十分あり得ますが、油断はできないということです。
ブレインハート法律事務所では、これまでの裁判例等も参考にしながら一定の基準を社内で作っています。今のところ、まだ一般的に通用するとは言い切れませんが、基準がなければ適切な判断もしにくいため、動物の事故を多く扱うブレインハート法律事務所では、どうしてもこのような基準を作る必要がありました。 「飛び込み営業で犬に噛まれたのか、飼い主が呼び出した仕事で訪問して噛まれたのか」「『犬に注意』という看板があるかどうか」「事故が起きた場所は公道か庭か」など、様々な要素を検討していきます。また子どもの裁判例を下地に、大人が被害者だった場合はどのように修正されるかを予想して、責任割合の整合性を割り出すなどといったアプローチで考えています。
愛犬との楽しい生活が損なわれてしまわないように

この記事では、かわいい愛犬でも、人を噛んでしまえば飼い主に責任が課せられるということについて、お話してきました。
では、そうならないためにはどのような対策を取ればいいのでしょうか?
犬による事故への備えと予防について考える際、結論から言えば保険に入ることが重要になります。しかしその前に、さきほど見てきたような事故が起こりうることを考え、予防するという意識を常に持つことが大切です。
飼い主は、相手が犬好きであっても「犬に触ると危ない」と注意喚起をして、基本的には犬に触らせないようにしましょう。散歩途中に「かわいいですね」と言われ、飼い主が「触っていいですよ」と返したときに犬が噛んでしまうと、ほぼ全面的に飼い主の責任になってしまいます(実際に、これらのケースの裁判例では飼い主が重い責任を負う結果となっています)。
あるいは、家の中で放し飼いにしているのであれば、訪問者が来た時にはペットをケージに入れるまでドアを開けないようにしましょう。慌ててドアを開けてしまったために訪問者が噛まれると、やはり飼い主の責任になってしまいます。
このように、少し気を付けることで動物の事故を防ぐことができます。ただし、このような予防を取っていても事故が起こってしまうこともあります。個人賠償責任保険の付帯条項や条件を見て、ペットによる事故も補償されるのか確認したうえで、保険の加入も検討しましょう。